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そろそろ「コミュニケーションコスト」について真面目に考えてみる

2016.11.20  Wrote by Toshiyuki Ono

Business People Discussion Marketing Plan Meeting Concept

こんにちは。プログラマー小野です。

我々は日々プログラムを書いています。

傍目には黙々と孤独に作業しているように見えるかもしれませんが、プログラムを書くことは「機械に何かを行わせるための命令を伝えること」なので、ある意味ずーっと(PCと)コミュニケーションを取っている状態だと捉えることもできます。(そんな風に考えるとドッと疲れるので普段はしませんけどね)

プログラマ以外の人でも仕事をする上では社内の人、社外の人、あるいはお客さん等々、誰かしらに何かを伝えたり、逆に何かを伝えられたりするコミュニケーションが作業の基本になっている訳ですが、最近いろんな場所で「コミュニケーションコスト」という言葉を耳にするようになってきたので自分なりに少し考えてみました。

 

コミュニケーションコストという考え方

コミュニケーション(英: communication交流)とは、
* 社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達。
* (生物学)動物個体間での、身振りや音声・匂い等による情報の伝達。
原語がcommunicationなのでカタカナで表記する場合は「コミュニケーション」である(出典:広辞苑。大辞泉)。

参照: Wikipedia(コミュニケーション)

 

まず「コミュニケーション」という言葉の定義から「伝達」することが目的なので、伝わらなかったらコミュニケーションではないということになります。
また「伝わり易かった」から「なかなか伝わりにくかった」までグラデーションがあり、それをコストの高低になぞらえたものが「コミュニケーションコスト」であり、
「伝わり易かった」は「コミュニケーションコストが低い」、「伝わりにくかった」は「コミュニケーションコストが高い」ということになります。

 

コミュニケーションコストを紹介した記事としてはサイボウズ式の以下が(若干私怨も入ってるように思いますが、、、)分かりやすくて面白い記事でした。

 

 

あくまでも「仕事上のコミュニケーションにおいて」の話ですが、「イマイチ話が的を射ない人」や「話せば話すほどこじれて迷走する人」っていますよね。逆に「常に話が明確で簡潔な人」や「話が早くて的確な結論が出る人」っていうのもいる訳です。前者がコミュニケーションコストの高い人、後者がコミュニケーションコストの低い人ということになります。「コスト」である以上低い方が望ましいですし、単純にどちらに話しかけたいかと問われたら後者になりますよね。

コミュニケーションコストの低い人になるためには何に気をつければ良いんでしょう?

 

まずは「コミュニケーション」が「コスト」であることを意識する

最初に「仕事上のコミュニケーションにおいて」と断ったのは、プライベートであればコミュニケーションコストの考え方は適用されないからです。友達や家族と楽しくおしゃべりしているときは、コストなんか度外視で思う存分コミュニケーションすれば良いですし、誰にとやかく言われる筋合いもありませんよね。

ただ、同じ感覚で仕事上のコミュニケーションを取ろうとした場合には様々問題が発生してしまいます。

具体的には「時間」です。

例えばミーティング、または隣のデスクの同僚に何か相談したい場合、あるいはお客さんとの電話等々、何でも良いんですが、自分が「コミュニケーションしていること」ということは「何かを誰かに伝えるために、相手の勤務時間を消費させている」こととイコールであると思わなければならないんですね。

極端な例ですが、同じ内容を伝えるのに5分で済んだ場合と1時間かかった場合とでは、後者は差分の55分で消化できていたはずの仕事を何か(残業とか)で調整しなければなりません。

「コスト」も「時間」も目に見えないものなので、意識することがとても難しいんですが、私は仕事上のコミュニケーションに関しては携帯電話の通話料と同じように考えることにしています。

ここでは無料通話分とかのプランは適用されないので、時間に応じて容赦なく通話料金が加算されます。そう思えば自ずと伝える内容も簡潔になりますし、伝える目的(単なる報告や連絡なのか、何か結論を導き出したい相談なのか)も明確にしてから話始めるようになります。(先に仕様ありきで実装を始めるのと、ノープランに「とりあえず」で実装が始まってしまって座礁するような違いでしょうか)

 

その「コミュニケーション」の目的

Workplaces where women are active

 

上で少し触れましたが、仕事上のコミュニケーションには幾つか種類があり、よく言われるのは「報告」、「連絡」、「相談」ですよね。使い古され過ぎたフレーズなので有用性は別途議論するとして、「報告」と「連絡」と「相談」では伝える意図、あるいは目的が異なり、それに応じて伝えられた側の取るべきリアクションが変わってきます。

例えば報告や連絡に対しては基本「了解しました」と返せば良いし、了解できない内容だった場合のみ「ちょっと待て、これじゃぁダメだよ。なぜなら、、、」と対応することになります。

一方、相談だった場合には必ず何らかの結論が求められていることになります。Yes/No または A案/B案/C案 どれで行くかの判断を求められたのであれば、選んだ選択肢とその理由を答えることになりますし、質問されたのであれば回答を伝えるということになります。

もちろん、伝えられた内容に対して明後日の受け答えをしないように「伝えられた」側も意識する必要はありますが、これはどちらかと言うと「伝える」側が気を付けるべきポイントです。「自分はどんな返事を求めてこれからこの内容を伝えようとしているのか?」という点が明確になっていないと、伝えたは良いけど相手から「で?それを言われて私にどうしろと?」と問われることになり兼ねません。

特にメールなんかでやりとりする場合には期待しているフィードバックや、逆に「報告のみなので返信不要です」という旨を明記すると優しいですよね。

蛇足ながら、申し訳程度にプログラマーらしいことを書くとすれば、返信不要の「報告」や「連絡」は戻り値voidのメソッド、「相談」の方は戻り値の型が明示的に指定されているメソッドということになりますね。(なるのかな?)

 

コミュニケーションコストを下げるために

では、コミュニケーションコストを下げるために具体的に何をすれば良いんでしょう?参考になった記事や、私自身が気を付けていることを少しご紹介します。

 

コミュニケーションを取るための下準備

基本的にメールやチャットに関してのマナーをまとめた記事ですが、コミュニケーション全般に応用され得る注意点もたくさん書かれています。

 

 

中でも一番響いたのは

期待する成果を明確にする
期待を明確にするには、タスクを特定の個人にアサインし、期待される具体的な成果を書面で指示し、期限について合意をとるようにします。

基本的なことですげど大切ですよね。

 

敬語が邪魔をする、、、

特に日本語は敬語、丁寧語、謙譲語と、相手を敬う場合に用いる言葉遣いが無数に存在してカオスですよね。加えて言葉の使われ方や感じられ方は時代とともに移り変わるので「絶対」というものはありません。例えば昨今「了解しました」はNGで「承知しました」でなければ失礼みたいな風潮がありますが、これって元々は単なる一個人の好みが、バズってしまったが故に さも普遍的事実かのように定着してしまった例のようです。

 

「了解しました」より「承知しました」が適切とされる理由と、その普及過程について | 株式会社LIG
こんにちは、ライターの菊池(@kossetsu)です。 人物紹介:菊池良 株式会社LIGに所属するライター。ブログ記事の企画・執筆を担当している。 あなたは「了解しました」と「承知しました」、どちらをよく使いますか? 【アンケート】「了解しました」と「承知しました」、どっちを多く使いますか?— 菊

(個人的にLIG史上最高の記事だと思ってます)

 

不確かな情報(WEBのまとめ記事とか無条件に信用しちゃダメですよ!)を元にして相手に「?」と思われるような怪しい敬語を自信なく使うよりは、いっそ敬語になっていなくても自分で自信を持てる言葉遣いで喋った方が伝えたい内容は伝わるはずだし、よほど相手に対して誠実だと思うんですが、どうなんでしょう?

再度、無理矢理プログラムで例えると、前者はシンタックスエラーで実行不可、後者は「コードとしては好ましくないけどいちおう実行できる」みたいな感じですかね。

 

カタカナ英語にも要注意

敬語と同様、ビジネス用語や専門用語に関しても、フワッとした認識のまま使ってしまうのは危険です。(まして間違えて理解していたとしたら目も当てられません)

私自身たまに冷静に振り返ってみると自分の発言や書いたメールがカタカナ英語だらけになっていることに気付いて恥ずかしくなったりします。

仮にそのカタカナ英語を自分は正しく使えていたとしても、相手が同じ理解でその単語を認識していなければ齟齬が起こってしまいます。無理せずに日本語を使ったほうが無難ですし、後から誤解を解消するという手戻りが発生することを思えば差し引きで効率的と言えます。

あんまりやり過ぎるとルー大柴みたいになってしまいますもんね。
(ルー氏は大好きです。)

 

最後に

とは言え、最終的には生身の人間同士なので、ここまで長々書いたような考え方を実践するよりも、単純に「いつも機嫌が良さそうで話しかけやすい」とかの方がコミュニケーションコストを下げることには効果が大きいんですよね。(逆に常にイライラしてそうな人に話しかけるのはコミュニケーションコスト超高いですもんね)

ただ、自分の心掛けひとつでコミュニケーションコストが多少でも下がるのであれば、自分に話しかけてきた誰かも、自分が話しかける誰かも、自分自身も幸せになれる訳ですから、心の片隅にでも置いて日々働いてみるのも良いんではないでしょうか。

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