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【Most Likely to Succeed】教育が必要なのは子供ではなく大人ではないか?

2019.02.27  Wrote by Takuro Nakayama

先日、教育を考えるプロジェクトがあり「Most Likely to Succeed」という映画の自主上映会があり、映画の鑑賞とその後のワークショップに参加しました。映画では100年以上続く伝統的な教育がAIの革新により、どのように変化していくのか、知識を詰め込む教育から考え創造する力を育むことの重要性が描かれていました。

 

印象的だったのは以下の点です。(若干言葉の使い方に違いがあるかと思います。)

子供たちには感情があり、モチベーションがあり、野心がある

教育はガーデニングに似ている

教育というのは混沌としており、「標準化」を試みることは難しい

人材は天然資源

 

本質的な教育とは何か?ということをとても考えさせられた映画でした。

 

大学に入りたいのか?それとも人生で成功したいのか?

一貫している思考としては、本質的な教育には答えなどないということです。その子供にあったスタイルや必要な学びがあり、それを無視して大学に入るための知識を詰め込む教育は、良質な「知識」がインターネットで無料もしくは低価格で手に入る今、価値がなくなっています。ただし多くの親は薄々それに気づいているものの、良い大学に入れないと子供が幸せになれないのではないか?という恐怖にも似た思い込みに流されてしまっているのだと思います。

映画でもあった「大学に入りたいのか?それとも人生で成功したいのか?」という問いです。

大学はあくまでも人生を豊かにするツールに過ぎないのに、大学受験のために子供のユニークな発想や感情を大人が潰しているケースが多いのではないでしょうか。

定額制で全国どこでも住み放題の多拠点コリビング(co-living)サービスを展開するADDresst(https://address.love/)代表の 佐別当隆志さんは「今の時代一番遅れている機関が学校であり、そこで大事な時期を子供を過ごさせるのは無駄。それであればもっと現実の世界でイケてる大人から色々吸収できる場を作りたかった」(意訳)ということで自分でシェアハウスを作り、新たな学びの場を自ら作ってしまったという。最近の印象的なエピソードです。

▶︎学校は週1。「正解のない時代の子育て」に自らシェアハウス作った一家——学びはリビングでの交流から

 

大人さえ未来が見えていないのに、子供に何を教えるのだろうか?

私たち大人の経験値とはかけ離れたところで、時代は動いています。技術も進化し資源も分散化しており、10年後どんなスキルが役に立つのか、どんな時代になっているのか語れる大人はいないでしょう。

そもそも今の教育の間違いは、知識を教えれば良い大人になれるという幻想を植え込んでいるところです。良い大学に出てもビジネスでは使えない大人がたくさんいます。型どおりの仕事しかできない、自分で考えて行動することができない、ルールは守れてもなぜそれが必要なのか理解できていない、そのような大人が多いです。

しかし子供は感覚的に物事を捉え、面白いものを見つけ自分なりの楽しみ方を想像するのが得意です。おそらく子供時代は誰もできていたスキルなのかもしれません。でも多くの大人は学校教育の過程でそれを失ってしまったようです。

大事なのは選択肢を持つことだと思います。どれが正しくて、どれが誤っていると断言できるものが少ない時代です。自分で答えを見つけて選択できることが大事だと思います。そういう意味では一回型にハマった大人は中々思考回路を変更できません。どうしても過去の成功体験や古いスタンダードに頼ってしまいます。

 

問題は行動するかどうかだ

今の時代、考え方を変化させる必要があるのは大人の方です。KNOWERS(https://knowers.jp)ではあらゆる教育の形をトライしてきました。プログラミングスクールやアントレプレナー教育、社会課題を見つけ突破する方法など、学校にはない学びを提供してきました。しかしいつも感じることは「実行することの難しさ」です。社会通念や自分の思い込み、新しいものに対する拒否反応など、常につきまとうのは「古い概念との対峙」とそれを「ブレークスルーするためのマインドセット」です。5年前と異なり今やあらゆる良い学び(オンライン動画やMOOCなど)がインターネットで手に入る時代です。オンラインサロンで場所も関係なく同じマインドを持った人とつながることが容易になっています。

このように学びの機会が多くなっても「行動しない」人が多いのです。失敗を恐れたり人から後ろ指さされるのが嫌なのです。でも実際のところ他人の評価で自分の人生の良し悪しを決めるのは「古い概念」ではないでしょうか。人の趣向から社会の階層まで多様になっている中で、全ての人に理解されようというのは到底無理ですし、新しいことを始めることは失敗することでもあります。それでも「バッターボックスに立ち続ける」ことが「実行」に近づいていることだと思います。

では私たち大人はいつもアクションをしているでしょうか?アウトプットで価値を生み出そうとしているでしょうか?

結局大人が行動していかないと子供により良い選択肢を作り出すことはできません。行動するかしないか、短期的にではなく長期的な視点で物事を捉えることができるか?

子供の教育を考える前に、わたしたち大人こそ自分をアップデートするための教育が必要です。

  

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