最近、「ちいかわ」「パペットスンスン」「LABUBU」などのキャラクターが人気を集めています。
一方で、モキュメンタリーホラーや「考察系」と呼ばれるコンテンツも盛り上がっています。
一見すると、これらはまったく違うジャンルです。
かわいくて癒やされるキャラクターと、怖くて謎の多いホラー。
しかし、SNS上での楽しみ方を見てみると、意外な共通点があります。
それは、
「コンテンツを見るだけではなく、自分なりの意味を見つけ、それを誰かと共有する」
ということです。
この背景には、テレビからSNSへのメディアの変化だけでなく、現代の人々が「何を楽しみ、どう人とつながるのか」という変化があります。
今回は、人気キャラクターや考察文化、モキュメンタリーホラーを手がかりに、SNS時代のコンテンツ消費について考えてみます。
「みんなが同じものを見る」時代から「それぞれが違うものを見る」時代へ

1980〜1990年代、テレビは非常に大きな影響力を持っていました。
代表的なキャラクターには、
- ドラえもん
- ドラゴンボール
- ミッキーマウス
- ハローキティ
などがあります。
この時代は、多くの人が同じテレビ番組や漫画を見ていました。
「昨日のドラゴンボール見た?」
「昨日のドラえもん面白かったね」
そんな会話が自然に生まれます。
キャラクターも「憧れ」の対象でした。
「強くなりたい」
「こんな人になりたい」
「こんな世界に行ってみたい」
という、現実とは違う世界への憧れを与えてくれました。
そして、
テレビ・漫画 → 人気になる → グッズが売れる
という流れが、キャラクタービジネスの基本でした。
「憧れ」から「癒やし」へ
2000年代になると、キャラクターに求められる価値が少しずつ変わります。
代表的なのが、
- リラックマ
- すみっコぐらし
などです。
「強くなる」「勝つ」というキャラクターではなく、
「そばにいてくれる」
ことそのものに価値があります。
日常生活では、仕事や学校、人間関係など、常に「頑張る」ことが求められます。
そんな中で、
「ちょっと休みたい」
「何も考えずに癒やされたい」
という欲求も大きくなりました。
キャラクターは、
「憧れる存在」から「一緒にいる存在」へ
変化していったとも考えられます。
SNSの登場で「共感できるキャラクター」が増えた
さらにSNSが普及すると、「共感」という価値が加わります。
代表的なのが、
- ちいかわ
- コウペンちゃん
- お文具さん
- おぱんちゅうさぎ
などです。
こうしたキャラクターには、
- 失敗する
- 頑張っている
- 不器用
- 弱い
- 報われないこともある
という特徴があります。
完璧ではないからこそ、
「これ、自分みたい」
「この気持ち分かる」
と、自分を重ねることができます。
「こんな人になりたい」という憧れから、
「この気持ちを分かってくれる」
という共感へ。
キャラクターに求めるものが変化していきました。
そして「SNSで育つキャラクター」へ

2020年代になると、キャラクターの人気の生まれ方そのものも変化しています。
例えば、
- ちいかわ
- パペットスンスン
- LABUBU
などです。
以前は、
テレビ・漫画 → 人気 → グッズ
という流れが一般的でした。
現在は、
SNS → ショート動画 → ファンが拡散 → 人気化 → グッズ・コラボ
という流れも増えています。
企業やテレビが一方的に人気を作るのではなく、
ファン自身がコンテンツを発見し、共有し、人気を育てていく。
ここが大きな変化です。
そして、この変化を考えるうえで重要になるのが、「コンテンツの楽しみ方そのものが変わった」ということです。
メディアが多様化すると、コンテンツの楽しみ方も変わる
現在は、
- YouTube
- TikTok
- Netflix
- ゲーム
- サブスク
など、コンテンツに触れる場所が無数にあります。
一人ひとりが違うものを見る時代になり、「みんなが知っている作品」は以前より少なくなりました。
テレビを見ていれば自然と共通の話題ができた時代から、
自分で「誰かと共有したいコンテンツ」を見つける時代
になったとも言えます。
その結果、コンテンツの楽しみ方も変わりました。
ただ見るだけではなく、
- 考察する
- 感想を言う
- 誰かに送る
- SNSで共有する
- 他の人の解釈を見る
といった行動まで含めて、コンテンツ体験になっています。
なぜ「考察」が人気になったのか

ここで注目されるのが「考察」です。
文芸評論家の三宅香帆さんは、『考察する若者たち』の中で、令和の「考察」を、作品を自由に解釈するというよりも、作品に隠された答えや作者の意図を探し、「正解」を当てにいく行為として捉えています。
そして、その背景には現代社会の「報われたい」という感覚があると論じています。
仕事でも勉強でも、
- どうすれば成果が出るのか
- どうすれば評価されるのか
- どうすれば効率よく成長できるのか
という「正解」や「最適解」を求められる機会が増えています。
その感覚がエンタメにも入り込み、
作品を見る
↓
考える
↓
答えを見つける
↓
「分かった!」
という体験そのものが楽しみになっている。
つまり「考察」は、単なる謎解きブームではなく、
「努力したら報われたい」
「最適な答えを知りたい」
という現代的な感覚ともつながっていると考えられます。
考察は「人とつながる」ためのコンテンツにもなる
ただし、考察の面白さは「正解を当てる」ことだけではありません。
SNSでは、
「私はこう思う」
「この伏線って、こういう意味じゃない?」
と、自分の解釈を共有できます。
すると、
「なるほど!」
「その視点はなかった」
「私はこう思う」
と、新しい会話が生まれます。
ここで、コンテンツは単なる娯楽ではなく、
人と人をつなぐコミュニケーションのきっかけ
になります。
テレビが共通言語を提供していた時代には、同じ番組を見ていれば自然と会話が生まれました。
今はコンテンツが分散したからこそ、
自分たちで共通の話題を見つけ、共有する
ことが重要になっています。
モキュメンタリーホラーも同じ構造を持っている

この流れで見ると、最近人気のモキュメンタリーホラーも面白く見えてきます。
モキュメンタリーホラーでは、すべてが説明されるわけではありません。
例えば、
- 映像の中に不自然なものがある
- 意味深なセリフがある
- 情報があえて隠されている
- 本当に起きたことなのか分からない
- 明確な答えが示されない
といった「余白」があります。
だからこそ、
「これってどういう意味?」
「ここに何か映ってない?」
「この人物は何か隠しているのでは?」
と考えたくなります。
そしてSNSでは、
作品を見る
↓
「何かおかしい」と気づく
↓
考察する
↓
他の人の考察を見る
↓
新しいことに気づく
↓
もう一度作品を見る
という循環が生まれます。
つまり、作品を見終わった後もコンテンツが続いていく。
これはSNS時代に非常に強い構造です。
「ちいかわ」と「モキュメンタリーホラー」は意外と近い?
ジャンルだけを見ると、ちいかわとモキュメンタリーホラーは正反対です。
ちいかわはかわいくて、モキュメンタリーホラーは怖い。
しかし、コンテンツの構造を見ると共通点があります。
どちらも、
「すべてを説明しない」
という余白を持っています。
ちいかわには、
「この世界はどうなっているの?」
「このキャラクターにはどんな背景があるの?」
と考えたくなる部分があります。
一方、モキュメンタリーホラーには、
「この映像の意味は?」
「本当に何か起きているの?」
という謎があります。
どちらも、受け手が自分で意味を補完できます。
つまり、
コンテンツを完成させるのは、作り手だけではなく、受け手でもある。
という構造があります。
パペットスンスンは「正解を求めなくていい」コンテンツ

一方、パペットスンスンは少し違います。
短い動画を見て、
「かわいい」
「なんか面白い」
「癒やされる」
だけでも成立します。
必ずしも深い意味を考える必要はありません。
毎日の生活では、
- 成果を出す
- 成長する
- 効率化する
- 正しい選択をする
ことを求められる。
そんな中で、
「何も考えずに見ていられる」
こと自体が価値になるのではないでしょうか。
そう考えると、「考察」と「癒やし」は正反対に見えて、実は同じ社会の中から生まれているとも考えられます。
考察には、
「正解を見つけて報われたい」
という欲求があり、
癒やしには、
「正解を求めなくていい時間がほしい」
という欲求がある。
どちらも、正解や成果を求められる現代社会に対する一つの反応なのかもしれません。
コンテンツの価値は「見る」から「語る」へ
こう考えると、現在のコンテンツには「見る」以外の価値が生まれていることが分かります。
例えば、
- ちいかわを考察する
- パペットスンスンの動画を誰かに送る
- 好きなキャラクターをSNSで共有する
- LABUBUを身につけて自分の好みを表現する
- モキュメンタリーホラーの謎について語る
こうした行動まで含めて、コンテンツ体験になっています。
つまり、
見る → 好きになる → 語る → 共有する
というところまでが、現在のコンテンツ消費なのです。
マーケティングにも同じ変化が起きている

この変化は、キャラクターやエンタメだけの話ではありません。
これまでのマーケティングでは、
良い商品を作る
↓
広告で認知させる
↓
購入してもらう
という流れが中心でした。
しかしSNS時代には、
「自分なりに解釈できる」
「誰かに話したくなる」
「共有したくなる」
「参加したくなる」
という余白が重要になっています。
例えば、
「このブランドって、どういう会社なんだろう?」
「この商品の背景が面白い」
「これ、誰かに教えたい」
と思ってもらえれば、企業が広告費をかけなくても、ユーザー同士の会話によって情報が広がっていきます。
だからこそ、これからのブランドづくりでは、
- 世界観がある
- 語りたくなるストーリーがある
- 解釈できる余白がある
- ファンが参加できる
- 誰かに共有したくなる
といった要素が、より重要になるのではないでしょうか。
「何を売るか」から「何を話したくなるか」へ
人気キャラクターの変遷を振り返ると、
憧れ → 癒やし → 共感 → 参加・共有
という変化が見えてきます。
もちろん、昔の「憧れ」がなくなったわけではありません。
今でもヒーローやスポーツ選手、人気漫画の主人公は、多くの人を魅了しています。
ただ現代では、それに加えて、
「自分の気持ちを分かってくれる」
「一緒にいると安心する」
「自分なりに解釈できる」
「誰かと共有したくなる」
という価値が大きくなっています。
その背景には、
メディアが多様化する
↓
コンテンツの楽しみ方が変わる
↓
「考察」という正解探しが人気になる
↓
「努力したら報われたい」「最適な答えを知りたい」という感覚がある
↓
SNSで考察や「好き」を共有し、人との接点が生まれる
という流れがあります。
ちいかわも、パペットスンスンも、モキュメンタリーホラーも、ジャンルはまったく違います。
それでも共通しているのは、「見る人が参加できる余白」があることです。
そして、その余白によって、コンテンツは一人で消費するものから、誰かと語り、共有するものへ変わっていきます。
これからのマーケティングで重要なのは、「何を売るか」だけではなく、
「その商品について、誰かと話したくなる理由をどう作るか」
なのかもしれません。
※本記事では一部でClaude、ChatGPT、Midjourney、DALL-E3などの生成AIを活用して作成しています。